鳳林寺の宝物

令和 5年11月の展示


写真 読み方 意味・いわれなど 作者紹介 備考

(賛)
艸鞋扶竹杖
行脚任東西
富岳三千丈
比○一寸低

(画)富士見西行図
(丘)大潤宗潭(1860(万延1)~1921(大正10))
 尾張(愛知県)の人。万延元年9月出生。竜泉寺桃見未徹の法嗣。
 西有穆山について「正法眼蔵」を参究し、その蘊奥を究めた。
 明治32年曹洞宗大学林学監兼教授となり、同36年第1回曹洞宗教育会議員に任ぜられた。同38年5月、森田悟由の発願によって創設された眼蔵会の第1回目講師として西有穆山の委嘱を受けて出講した。
 大正2年「室中三物秘辨」「教授戒文」「一心戒文」を校訂刊行し、同6年には永平寺監院 となり、翌年曹洞宗大学長になった。この間、美濃(岐阜県)洞雲寺・但馬(兵庫県)養源寺・伊豆(静岡県)修善寺・肥後(熊本県) 大慈寺に住し、門下からは丘球学・沢木興道・橋本恵光等の宗師家を出している。  大正10年4月、京都に紫竹林学堂安泰寺を開設する。  同10年8月17日示寂。世寿62。遺著に「曹洞宗意綱要」がある。
H27.11 本堂
R05.11 本堂
(火伏一字龍) これを懐中に収めて落雷を免れたり、日照りに降雨の利益があったなど、数々の霊験により、鎮火の護符として知られてきたものです。 不明 H28.11 本堂
R05.10~12 客間
丹羽廉芳
静岡県修善寺村生まれ。 1916年静岡市の洞慶院で得度。
1930年東京帝国大学文学部卒業。
清水市の一乗寺・龍雲院の住職を歴任
1955年洞慶院住職。
1960年永平寺東京別院監院。
1976年永平寺副貫主。
1985年1月、永平寺77世貫首に就任。
1993年9月7日、遷化。享年89。

H29.5 寺務室
R05.11 寺務室
直指人心見性成仏(じきしにんしんけんしょうじょうぶつ) 真理は自己の心の外にあるのではなく、自己の心のなかにこそ発見される。真理であるその自己の本性をみるならば、仏となることができる、という意。 「大乗天巌」の署名あり。 H27.9.1~9.15 本堂
R05.10~12
新庫裏


過去の展示

掛軸

色紙

扁額・柱聯



戻る