鳳林寺の宝物

令和 5年3月の展示


写真 読み方 意味・いわれなど 作者紹介 備考
南無観世音菩薩
(西有)穆山瑾英 (1822(文政5)~1910(明治43))
 可翁、無為庵、有安老人と号す。陸奥八戸の人。
13歳、長龍寺の金龍につき得度。
19歳、仙台松音寺天応悦音に侍す天保13(1842)年立身、
法を浅草本然寺安窓泰禅に嗣ぐ。
30歳、さらに相模海蔵寺の月潭全龍のもとで刻苦12年、ついに開悟。
駿河如来寺、相模英潮院、江戸宗参寺、桐生鳳仙寺、陸奥法光寺、
北海道中央寺、駿河可睡斎を歴任。
明治33(1900)年、西有寺の開山に請ぜらる。
明治34(1901)年、總持寺独住3世
明治35(1902)年、曹洞宗管長に就任
明治38(1905)年、總持寺を退隠。
明治43(1910)年示寂。世寿90。
直心浄国禅師。近代希有の眼蔵家といわれる。


H27.4.16~4.30 本堂
R05.03 本堂
「寿」 (浅野)大忍哲禅( ~1990)
明治30年愛知県に生まる。
昭和12年大本山総持寺単頭
昭和16年大洞院独住第9世。

能登大本山総持寺祖院西堂
H28.1 本堂
R05.01~03 客殿
丹羽廉芳
静岡県修善寺村生まれ。 1916年静岡市の洞慶院で得度。
1930年東京帝国大学文学部卒業。
清水市の一乗寺・龍雲院の住職を歴任
1955年洞慶院住職。
1960年永平寺東京別院監院。
1976年永平寺副貫主。
1985年1月、永平寺77世貫首に就任。
1993年9月7日、遷化。享年89。

H29.6 事務室
R05.03 寺務室
信道元功徳母 養長一切諸善法 華厳経に
「信道元功徳母 養長一切諸善法」とある。

信は道の元であり、功徳の母である。一切のもろもろの善法を長養し、疑いの網を断って、まよいを出、涅槃のさとりを開かせる。
(鷹林)吹毛冷生
名古屋市福寿院9世、
名古屋市法持寺29世、
甲州長生寺37世、
甲州慈照寺30世、
大本山永平寺後堂より監院。
明治31(1898)年示寂。67歳。
白鳥鼎31嗣
H27.1.16~1.31 本堂
R2.10~12 新庫裏
R4.01~03
新庫裏


過去の展示

掛軸

色紙

扁額・柱聯



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