鳳林寺の宝物

令和 8年 4月の展示


写真 読み方 意味・いわれなど 作者紹介 備考

平常心是道
(びょうじょうしんぜどう)
(へいじょうしんこれどう)
「無門関」第19則に「平常心是道」がある。

仏さまの道は、特別な修行を必要としない。平常心とは、あれこれと取捨選択をしない、ありのままの心である。日常の生活すべてが仏道である。

青木一枝様ご寄付
(永江)大忍金栄 

静岡 永江院
静岡 可睡斉52世
静岡 石雲院独住11世


H31.4 客間
R08.04 本堂
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(画)不動明王  不動明王は、大日如来の使者で、人々の煩悩を断ち切るため奔走しているとされる。 H28.4~6
R3.7~9
R08.04~06
客間
関 不許假雞 「関」は、『碧巌録』第八則「翠巌眉毛」に出てくる語で、古来より禅門では大変透過するのが難しいとされる「雲門の関」という公案がある。

「假雞(かけい)」とは、ニワトリの鳴き真似の事。
ニワトリの鳴き真似をして関を開けさせた故事(鶏鳴狗盗)がある。

鳴き真似ではこの「雲門の関」は開かないぞ、の意か。
(浅野)大忍哲禅( ~1990)
明治30年愛知県に生まる。
昭和12年大本山総持寺単頭
昭和16年大洞院独住第9世。

能登大本山総持寺祖院西堂
R1.8 寺務室
R08.04 寺務室
寬心應是酒
(心を寛うするは應に是れ酒なるべし)
杜甫の詩に

花飛有底急  
老去願春遲  
可惜歡娯地  
都非少壯時  
寬心應是酒  
遣興莫過詩  
此意陶潛解  
吾生後汝期  


花の飛ぶこと底(なん)の急か有る
老い去っては春の遲きことを願ふ
惜しむべし歡娯の地
都て少壯の時に非ず
心を寛うするは應に是れ酒なるべし
興を遣るは詩に過ぐるは莫し
此の意陶潛解す
吾が生汝が期に後れり


とある
伊佐如是(1809~1891)
江戸の人。
名は岑満、通称は新次郎、字は樓卿、号を如是と称し、
幕府の徒目付・具足奉行・海軍奉行などを歴任し、
駿府の牧之原開墾に尽力した旗本で、
下田奉行頭取としてアメリカ人ハリスの交渉役を務め、
唐人お吉をハリスに世話した人物として有名である。
亦、漢籍を岡本况齋に、書法を小島成齋に学び、
和歌にも優れた文化人で、
晩年は谷口原付近の子弟に漢学や書を教授し、
優れた能書家でもあり、
幕末三舟(海舟・鐵舟・泥舟)の書の師としても
知られている。
H28.5 本堂
R3.7~9新庫裏
R8.04~06 新庫裏


過去の展示

掛軸

色紙

扁額・柱聯



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