鳳林寺の宝物

令和 2年11月の展示


写真 読み方 意味・いわれなど 作者紹介 備考
行亦禅 坐亦禅 「證道歌」に、

行亦禪坐亦禪、 ぎょうもまたぜん、ざもまたぜん
語默動靜體安然。ごもくどうじょう たいあんねん
縱遇鋒刀常坦坦、たとひほうとうにあふとも つねにたんたん
假饒毒藥也間間 たとひ どくやくもまたかんかん

とある。
歩くことも禅であり、坐することも禅である。語るときも黙するときも動いているときも静かにしているときもその姿は安らかだ。たとえ刀の切っ先を突きつけられても平気である。またたとえ毒薬を盛られても気にしない。


箱裏に「記念 贈 人権擁護推進員 平尾賢明師 平成二年十二月吉日 曹洞宗第一宗務所 所長 大島賢龍 箱書」 とある。

昭和62年~平成2年、鳳林寺第六世賢明和尚が、静岡県第一宗務所人権擁護推進員の役職をさせていただいていた。平成2年12月、当時の宗務所長大島賢龍老師から記念にいただいたもの。

(梅田)快光信隆(1906(明治39)~1996(平成8))
福岡県糸島郡二丈町生、福岡市東林寺梅田隆全に嗣法する。
駒澤大学、九州大学印度哲学科を卒業。
福岡禅覚寺13世、 東林寺18世
昭和57年10月、總持寺独住21世。
H25.9.1~9.15 本堂
R2.11 本堂
(絵)達磨 菩提達磨(ぼだいだるま)は、中国禅宗の開祖とされているインド人仏教僧である。達磨、達磨祖師、達磨大師ともいう。

「無功徳」とは、従容録「達磨廓然」の話より。
見返りを求める善行は、本当の善行ではない、という事。

10月5日の達磨忌にちなみ、展示した。
神戸麗山
享和2年(1802)庵原郡松野村の医者好吉の長男として生まれた。
文政9年(1826)家を弟柳恭に譲り京都に上り、岸岱に師事した。
天保11年(1840)には帰郷し、有度山麗に庵を構えた。
H26.10.1~10.15本堂
R2.10~12 客間
大智禅師 「鳳山山居(1)」
一抹軽煙遠近山
展成淡墨画図看
目前分外清幽意
不是道人倶話難
楢崎一光(1918~1996)

瑞応寺29世
聖護寺中興3世
R2.11 寺務室
信道元功徳母 養長一切諸善法 華厳経に
「信道元功徳母 養長一切諸善法」とある。

信は道の元であり、功徳の母である。一切のもろもろの善法を長養し、疑いの網を断って、まよいを出、涅槃のさとりを開かせる。
(鷹林)吹毛冷生
名古屋市福寿院9世、
名古屋市法持寺29世、
甲州長生寺37世、
甲州慈照寺30世、
大本山永平寺後堂より監院。
明治31(1898)年示寂。67歳。
白鳥鼎31嗣
H27.1.16~1.31 本堂
R2.10~12 新庫裏


過去の展示

掛軸

色紙

扁額・柱聯



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