鳳林寺の宝物

令和 2年 9月の展示


写真 読み方 意味・いわれなど 作者紹介 備考

(十界図)

華厳経云若人欲了知三世一切仏応観法界性一切唯心造云〃夫十界三世の諸法○本来吾心の内○具足せ○○○心○自性○き故○境界○○○○移わかはれハ取作○業因了依○苦楽○果報を感○さ○○殺生偸盗謗法の心○地獄となる慳貪邪見○○ハ餓鬼と○る愚痴耽婬○○ハ畜生とな○驕慢偏執○心○修羅となる五戒十善を行する心ハ人天の因となる独善出離の心を声聞縁覚となる智慧慈悲広大○○○菩薩と○る妙覚果満志了佛となる誠○○法ハ千差万別なれども一心をい○○一切世間中心○○生せさるかな○一念迷ふ時ハ善を転じて悪をなして苦果をうけ○一念悟る時○悪を転じて善を作して楽報○うく善悪苦楽ハ唯人の一心○依れハ吾心を○○此図を○○吾心を照らし六道の因果○厭離し佛○皈○○○○を欣求○○○
彼岸中展示
(絵)地蔵菩薩

(書)為三界萬霊

昭和十一年春彼岸
鳳林寺永代供養塔の石碑を拓本にしたもの。 丘球学(1877~1953)
 明治10年愛知県岡崎市出身。14歳で出家。
 大正4年伊豆修禅寺38世住職になる。
 (この頃、鳳林寺六世賢明和尚が修禅寺で修行をしていた)
 昭和12年永平寺後堂に就任。
 昭和22年、永平寺西堂に就任、
 昭和27年、永平寺初代副貫首。
 昭和28年、修禅寺にて遷化。世寿77歳
H25.8 本堂
R2.7~9 客間
福寿
丹羽廉芳
静岡県修善寺村生まれ。 1916年静岡市の洞慶院で得度。
1930年東京帝国大学文学部卒業。
清水市の一乗寺・龍雲院の住職を歴任
1955年洞慶院住職。
1960年永平寺東京別院監院。
1976年永平寺副貫主。
1985年1月、永平寺77世貫首に就任。
1993年9月7日、遷化。享年89。

R2.9 寺務室
隠逸林中無栄辱、道義路上無炎涼。

隠逸(いんいつの)林中(りんちゅう)に栄辱(えいじょく)無く、道義(どうぎ)の路上(ろじょう)に炎涼(えんりょう)無し。
「菜根譚」より。

俗世間を離れた生活は、栄光や屈辱と関係無く、道理や正義に則った生活は、燃えたり冷めたりという感情の起伏と関係ない。
つまり、活人は感情が一喜一憂するようなことから離れ、大安心の心で暮らしなさいと言っているのだろう。
言い換えれば、達人の人生は、淡々と暮らすことが最高の暮らし方ということだろう。
(青島)興庵恵宗(1834~1904)
曹洞宗
石雲院独住5世
焼津林叟院30世
静岡長福寺3世
源昌寺12世
光泰寺18世
H26.7.16~7.31 本堂
R2.7~9 新庫裏


過去の展示

掛軸

色紙

扁額・柱聯



戻る