鳳林寺の宝物

令和 3年7月の展示


写真 読み方 意味・いわれなど 作者紹介 備考
青松骨老龍鱗動 (岸澤)眠芳惟安(1865~1955)

埼玉の人。幼名は計之助。明治15年埼玉県師範学校を卒業、小学校を訓導として勤務し、明治30年9月(32才)発心して西有穆山について得度し、ついで34年嗣法す。
また丘宗潭にも学び、正法眼蔵の参究に生涯をつくす。
明治37年埼玉県清法寺住職となり、その間、修善寺および西有寺僧堂に勤め後生を育成す。
ついで兵庫県永源寺に転住しのち京都安泰寺、青森県伝光寺等に住し、静岡県旭伝院を開創す。
洞門の師家として綿密な家風をもって知られ、13年間永平寺の眼蔵会講師をつとめ、また5年間にわたり西堂の職にあり、昭和30年3月26日示寂。世寿91才。
著書に「五位顯訣元字脚葛藤集」をはじめ正法眼蔵の中、生死・四摂法・行持・現成公案各巻の「葛藤集」と題する注解書、「宗意安心(修證義大要)」のほか「室内三物秘辨」の校訂「旭傳開山眠芳惟安和尚語録」「正法眼蔵全講」等多数ある。
H25.6.1~6.15
R3.7~9
本堂
(画)不動明王  不動明王は、大日如来の使者で、人々の煩悩を断ち切るため奔走しているとされる。 H28.4~6
R3.7~9
客間
大智禅師 「鳳山山居(7)」
空林卓錫卜幽栖
冷淡家風実可非
荷葉満池無線補
白雲為我坐禪衣
楢崎一光(1918~1996)

瑞応寺29世
聖護寺中興3世
R03.07 寺務室
寬心應是酒
(心を寛うするは應に是れ酒なるべし)
杜甫の詩に

花飛有底急  
老去願春遲  
可惜歡娯地  
都非少壯時  
寬心應是酒  
遣興莫過詩  
此意陶潛解  
吾生後汝期  


花の飛ぶこと底(なん)の急か有る
老い去っては春の遲きことを願ふ
惜しむべし歡娯の地
都て少壯の時に非ず
心を寛うするは應に是れ酒なるべし
興を遣るは詩に過ぐるは莫し
此の意陶潛解す
吾が生汝が期に後れり


とある
伊佐如是(1809~1891)
江戸の人。
名は岑満、通称は新次郎、字は樓卿、号を如是と称し、
幕府の徒目付・具足奉行・海軍奉行などを歴任し、
駿府の牧之原開墾に尽力した旗本で、
下田奉行頭取としてアメリカ人ハリスの交渉役を務め、
唐人お吉をハリスに世話した人物として有名である。
亦、漢籍を岡本况齋に、書法を小島成齋に学び、
和歌にも優れた文化人で、
晩年は谷口原付近の子弟に漢学や書を教授し、
優れた能書家でもあり、
幕末三舟(海舟・鐵舟・泥舟)の書の師としても
知られている。
H28.5 本堂
R3.7~9新庫裏


過去の展示

掛軸

色紙

扁額・柱聯



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