鳳林寺の宝物

令和 3年12月の展示


写真 読み方 意味・いわれなど 作者紹介 備考
(釈迦成道図)
12月8日にお釈迦さまがおさとりをひらいた様子をあらわしたもの。
丘球学(1877~1953)
 明治10年愛知県岡崎市出身。14歳で出家。
 大正4年伊豆修禅寺38世住職になる。
 (この頃、鳳林寺六世賢明和尚が修禅寺で修行をしていた)
 昭和12年永平寺後堂に就任。
 昭和22年、永平寺西堂に就任、
 昭和27年、永平寺初代副貫首。
 昭和28年、修禅寺にて遷化。世寿77歳
毎年12月本堂
(画)初転法輪

(賛)
宿願受生清海辺
幼齢薙髪月光嶺
廬山求道伝心印
比島従軍觸瘴煙
戦後尤嗟先公徳
機前深慮潤荒田
鳳林陞座花開處
髣髴西天鹿苑仙
丘球学(1877~1953)
 明治10年愛知県岡崎市出身。14歳で出家。
 大正4年伊豆修禅寺38世住職になる。
 (この頃、鳳林寺六世賢明和尚が修禅寺で修行をしていた)
 昭和12年永平寺後堂に就任。
 昭和22年、永平寺西堂に就任、
 昭和27年、永平寺初代副貫首。
 昭和28年、修禅寺にて遷化。世寿77歳
H25.11.1~11.15 本堂
R03.10~12
客間
耕不尽
(こうふじん)
心を耕すことは限りはない
心の畑は耕せば耕すほど柔らかく肥沃になるので、どんなに耕しても完成にはならない。心はいつも耕し続けよう。
丹羽廉芳
静岡県修善寺村生まれ。 1916年静岡市の洞慶院で得度。
1930年東京帝国大学文学部卒業。
清水市の一乗寺・龍雲院の住職を歴任
1955年洞慶院住職。
1960年永平寺東京別院監院。
1976年永平寺副貫主。
1985年1月、永平寺77世貫首に就任。
1993年9月7日、遷化。享年89。

H27.5 寺務室
R03.12 寺務室
積雪楼台増壮観 近春鳥雀有和聲

晦巌迂人
山岡鉄舟の詩に
積雪楼台増壮観 近春鳥雀有和聲
(積雪の楼台 壮観を増し 近春の鳥雀 和声有り)
太田晦巌(1876~1946)臨済宗

大梅窟と号す。埼玉の人。
円覚僧堂釈宗演に参じ、法嗣となる。品川東海寺に住す。
大正14年、大徳寺において界堂。
昭和5年、円覚寺派管長に就任。
昭和10年大徳寺派第八代管長、並びに僧堂師家に就任。
昭和二十一年示寂
H27.12 本堂
R03.10 新庫裏


過去の展示

掛軸

色紙

扁額・柱聯



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