鳳林寺の宝物

令和 3年5月の展示


写真 読み方 意味・いわれなど 作者紹介 備考
薫風自南来 唐の時代の文宗皇帝が作った起承の二句
人皆苦炎熱  人は皆炎熱に苦しむも
我愛夏日長  我れ夏日の長きを愛す

に対して文人の柳公権が転結句として
薫風自南来  薫風南自 (より) 来たり
殿閣生微涼  殿閣微涼を生ず
とつけた。

薫風の清涼さは 単なる感覚的清涼さではなく精神的な清涼さとして、 是非、善悪・利害。得失などの相対的な考え、思想に とらわれないさばさばとした境涯であり、一切の 煩悩の垢の抜けきった無心の境地を表す語である。
丹羽廉芳
静岡県修善寺村生まれ。 1916年静岡市の洞慶院で得度。
1930年東京帝国大学文学部卒業。
清水市の一乗寺・龍雲院の住職を歴任
1955年洞慶院住職。
1960年永平寺東京別院監院。
1976年永平寺副貫主。
1985年1月、永平寺77世貫首に就任。
1993年9月7日、遷化。享年89。

H25.5.1~5.15 本堂
R3.05 本堂
(絵)雲龍 神戸麗山
享和2年(1802)庵原郡松野村の医者好吉の長男として生まれた。
文政9年(1826)家を弟柳恭に譲り京都に上り、岸岱に師事した。
天保11年(1840)には帰郷し、有度山麗に庵を構えた。
H27.7.1~9.30
R03.04~06
 客間
大智禅師 「鳳山山居(5)」
萬象之中獨露身
更於何処著根塵
回首獨椅枯藤立
人見山兮山見人
楢崎一光(1918~1996)

瑞応寺29世
聖護寺中興3世
R03.05 寺務室
若無有限之心
自有無窮之福
典座教訓に
「若無有限之心。自有無窮之福。蓋是供衆住持之心術也。」
(若し有限の心無んば,自ら無窮(むきゅう)の福有らん。蓋(けだ)し是れ衆に供(ぐう)ずるは住持の心術なり。)
とある。
(鷹林)吹毛冷生
名古屋市福寿院9世、
名古屋市法持寺29世、
甲州長生寺37世、
甲州慈照寺30世、
大本山永平寺後堂より監院。
明治31(1898)年示寂。67歳。
白鳥鼎31嗣
H25.05 本堂
R02.06 本堂
R03.04~06 新庫裏


過去の展示

掛軸

色紙

扁額・柱聯



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